読まなければいけない本に取り組もうとしていたはずが、気づいたらみなみけを見始めていた。
あともう1話…最後の1話…本当にこれで最後…
大して大事件が起こるわけでもないのに、見るのをやめられない。
展開がよく動くタイプの物語ならば、見るのをやめられない理由はわかりやすい。
次の展開が楽しみになるように謎を残しているからだ。
ところが、日常系アニメの場合、次の展開がどうなるか楽しみで見る、といったことは全くありえない。解明されるべき謎が存在しないからだ。
では、なぜ日常系アニメを見続けてしまうのか?
思いつく限り考えられる理由を挙げてみよう。
①ギャグパートが面白い
これはギャグアニメを延々と見てしまう原理と同じだろう。面白いものを見る動物的な快感によって、一種の中毒のような状態になっているのだ。
②キャラクターのかわいさが心地いい
これも動物的な快感から生じる中毒性が原因である。キャラクターのかわいい言動に自動的に快感を感じてしまうのだ。
③キャラクターへの愛着が強化されている
これは②と似ているようで違う。僕が思うに、キャラへの愛着の強化に必要なのは、差異と反復だ。(ドゥルーズ全然知らないんですけどね。勉強したいなあ。)
差異とは、それぞれのキャラクターごとのステータス・性格・言動の差異を指す。それぞれ異なったパーソナリティを与えられたキャラクターは、そのキャラクター独自の行動パターンを反復することで、確固としたイメージを視聴者に植え付けることができるのだ。そして一度、イメージが固まると、反復された行動を見るだけで安心感が出るようになる。これが僕のいう愛着である。
僕が特に重視したいのがこの理由だ。というより、キャラへの愛着の強化により重点が置かれているアニメが僕は好きなのである。
ここまで、日常系アニメの重要な要素を3つ紹介してみたが、並べてみると、全ての創作ジャンルにとって重要な項目であることに気づく。日常系アニメは、創作に必須なこの3つの側面が奇形的に強化されたジャンルと言えるのかもしれない。
とすると、他の創作上の快感を生み出す要因も付け加え、それぞれの作品でどの要素に重点が置かれているかを調べることで新しいジャンル分けが可能なのかもしれない。
例えば、ラブコメは、今回紹介した3つの側面が強化されたジャンルと言えるため、広い意味で、日常系と同じジャンルに入れてもいいと思われる。異論はあるだろうが。
僕たちが物語の続きが気になるとき、今回挙げたもの以外にもたくさんの要因が絡まって、そうなっている。みなさんも自分でその要因を見つけて考えてみて欲しい。