20230902

『アリスニャットシング!』をプレイした

 

出たばかりだから念のため言っておくけど、僕はネタバレとか一切気にしないのでそのつもりで。

 

フリーゲームなので今すぐ何の用意もなくてもプレイできる。

novelgame.jp

 

 

僕は何もできない自分にいつも苛立っている。

 

「何もできず・・・無力で・・・まわりに迷惑ばっかりかけて、無意味で、無価値で・・・」

 

作中の主人公、ありすのセリフだ。

 

人と比べて何もできない自分が、人に対して何もあげられない自分が僕も嫌だった。

 

それでも頑張って、何らかの価値を生み出せるような、周りの人を助けられるような人になろうと努力できるほど、良い性格でもなくて、いつも怒られてばかりで…。

 

だから、力がない僕でも、頑張れない僕でも、生きてていいって思いたかった。でも現実の世界で人にそう言わせるのはなんだか申し訳なくて、だから自分にそう信じさせてくれるすごい力を持った「作品」が欲しかった。

 

でも、なかなか僕にそんな作品は存在しない*1。『アリスニャットシング』は数少ない作品だ。

 

ありすが「陽だまりのような人」だった友達キッコを探す旅。その旅の過程でいろんな人の「キッコ」への想いを知り、ありすは考えていく。自分の悲しみ、行く先、そして生きる意味。

 

僕も「陽だまりのような人」になりたかった。だから、本当に優しさに触れるたびに自分もこうなろうと思ってこれまで生きてきた。自分を変えたくてキッコの真似をしたニヤの話はそれを思い出した。

 

僕はときどき死んだ友達がよく吸っていた銘柄のタバコを口にすることがある。それをこの前友達に話したら、私も同じだと言ってくれた。キッコのふりをしたタカヒロの話をそれを思い出した。

 

きっと彼が生きていた時間に一瞬でもかえりたいのだろう。悲しみはいったいどこに消えていくんだろう。作中のセリフだ。

 

自分はいつまでも進歩しないまま悲しみばかりが積み重なっていく世界でぼくたちはどこに行けばいいんだろう。

 

本作はそんな孤独に行き場を探している仲間が世界には他にもちゃんといるんだと思わせてくれた。何かのきっかけで孤独な仲間たちとも繋がることもできるだろう。キッコとニヤの邂逅にそんな予感を感じた。それだけで今は十分だ。

*1:だから『Kanon』の真琴ルートに僕はこだわり続けた