20231019

Kanon』真琴ルートの僕が好きな場面を引用する。

主人公・祐一の目の前に突然現れた身元不明の少女沢渡真琴は、祐一の暮らす水瀬家に居候をしている。寂しさからか憎しみからか、毎晩、祐一の部屋にいたずらをしかけていた真琴は、この日、中華麺を顔にかけるいたずらをたくらむ。夜中に中華麺を手に持って部屋に向かう真琴を発見した祐一は、「夜食を一緒に食べようと思った」という真琴の言い訳に乗っかり、真琴を連れて焼きそばを作り始める。

 

ジャーーーッ!!

 

薄く引いた油の上に中華そばを入れると、大きな音がたった。

 

真夜中のそれは、一際大きく感じられた。

 

続けて、刻みたてのキャベツを放り込む。

 

焦がさないよう箸でかき混ぜながら、空いた手で塩コショウをパパッと振りかける。

 

水気がなくなり、焦げ目がついてくると、仕上げにソースをぶっかける。

 

そしてまんべんなくかき混ぜると、俺はコンロの火を止めた。

 

祐一「出来たぞ」

 

真琴「あぅ…」

 

並べられた2枚の大皿の上に均等に盛ってから、俺は席につく。

 

祐一「ほら、青ノリ」

 

真琴「うん…」

 

祐一「食えよ、ほら」

 

真琴「うん…」

 

別に俺だって腹は減っていない。

 

しかし、顔面にぶっかけられる、あるいは真琴が少しだけ齧って無駄にしてしまうよりは

 

調理して無理してでも食った方がマシに思えた。

 

それに真琴には、何より触れあいが大切だと思った。

 

何を理由に俺を嫌っているかは知らなかったが、第一印象なんてものは得てしてその人柄を知って大きく変わっていくものだ。

 

そのいい機会でもある。

 

祐一「うまいか?」

 

真琴「うん…」

 

俯いたまま食べる真琴が口だけをもぐもぐと動かしていた。

 

祐一「おかわりあるからな」

 

真琴「…そんなに食べらんない」

 

祐一「じゃあ、夜食なんて言い出すな。我慢できたんじゃないのか」

 

真琴「うーっ…焼きそばは大好きだから…ちょっとでも食べたくなるの」

 

ばつが悪そうにそう答える。

 

必死で言いつくろおうとする姿は見方によっては微笑ましくも見える。

 

祐一「じゃあ、肉まんを買い食いするのをやめて、焼きそばにすればいい」

 

祐一「あの辺りで、焼きそばのうまい店を見つけたんだ。持ち帰りもできるぞ」

 

真琴「肉まんは…もっと好きだから…」

 

さすがにここで好物の肉まんは譲れないらしい。

 

祐一「そうか。なら、仕方ないな。焼きそばなら俺にも作れるから、いつだって言えよな」

 

真琴「うん…」

 

真琴「でも、これ食べたら、しばらくはいいと思うけど…」

 

よほどお腹が空いていなかったのか、進みも遅く、そんなことを答えた。

 

祐一「ま、作った分はふたりで食べないとな」

 

真琴「祐一も頑張ってよぅ」

 

祐一「ああ、食うぞ」

 

俺を箸を手に取り、目の前の焼きそばと対峙する。

 

真琴に言っておいてなんだが、俺も見るだけで胸焼けがしそうな量だった。

 

さらにはフライパンにまだ、ひとり分ほど丸々と残っているのだ。

 

袋をいくつ開けただろう? 三つか四つだったと思うが、寝ぼけていたのでよくわからなかった。

 

よくもまあ、それで指を切り落とさなかったと今更になって思う。

 

焼きそばだけは作り慣れていたので、通い慣れた通学路のように条件反射的に作ってしまったのだろう。

 

一口食べてみると、味も悪くなかった。だが、やはり全部は食えそうもなかった。

 

祐一「うーむ…」

 

こと、と音がしてドアのほうを見やると、名雪が顔を覗かせて、眠そうに眼を擦っていた。

 

名雪「焼きそば…」

 

祐一「食うか?」

 

名雪「うん」

 

祐一「ちょうど良かった。作りすぎて難儀していたんだ」

 

三つ目の皿を用意し、それに盛る。

 

名雪「お母さんも呼んでくる」

 

祐一「おい、こんな時間に起こして、焼きそば食べる?って訊くのか?」

 

名雪「うん」

 

祐一「おい、待てって」

 

止める間もなく、名雪は廊下の暗闇に再び姿を消す。

 

あいつのことだ。ほんとうに秋子さんをこんな時間に起こして、『焼きそば食べる?』と訊くのだ。

 

そして案の定、というかこの家に住む人間はなぜにこうも呑気なのだろうか。

 

秋子さんもこの深夜、焼きそばを食べるために姿を現した。

 

秋子「お茶いれるわね」

 

そう言って湯を沸かし始める。

 

祐一「昨今、夕飯だってなかなか一家揃わないってのに、深夜の夜食にわざわざこうやって一家団らんが揃うかね、この家は…」

 

秋子「仲が良くて、いいんじゃない?」

 

秋子さんが湯飲みを食卓に並べながら、のほほんと言う。まったく平和な話である。

 

名雪にしてもそうだが、別に焼きそばにつられてこの場所に現れたわけではないだろう。

 

どうもこの家の人間は、こういった団らんに身を置くことがことのほか好きらしい。

 

真琴と俺が楽しそうにしているのを見て、夜な夜な食卓に皆集まってきたのだ。

 

真琴「………」

 

そんなことを知ってか知らずか、真琴はきょろきょろとみんなの顔を不思議そうに窺いながら、最後まで冷めた焼きそばをつついていた。

 

結局一家が寝静まることになったのは、夜中の3時を過ぎてからだった。

 

真琴は人間関係を築くのはあまり上手ではない。それでも孤独に飢えている。そして、こうやって失った"人のぬくもり"を取り戻していく。