『Kanon』真琴ルート・焼きそば①
ジャーーーッ!!
薄く引いた油の上に中華そばを入れると、大きな音がたった。
真夜中のそれは、一際大きく感じられた。
いつもは作らない時間の焼きそば。祐一はいつも真琴のケアをしているわけではない。自分のできる限界を超えない、その場の思いつきの心遣い。
続けて、刻みたてのキャベツを放り込む。
焦がさないよう箸でかき混ぜながら、空いた手で塩コショウをパパッと振りかける。
水気がなくなり、焦げ目がついてくると、仕上げにソースをぶっかける。
そしてまんべんなくかき混ぜると、俺はコンロの火を止めた。
祐一「出来たぞ」
真琴「あぅ…」
並べられた2枚の大皿の上に均等に盛ってから、俺は席につく。
祐一「ほら、青ノリ」
真琴「うん…」
祐一「食えよ、ほら」
真琴「うん…」
祐一のやさしさに対して、真琴は困惑気味に応える。祐一の不器用なやさしさを、真琴はそう素直に受け取れるわけではない。祐一も、それを期待しているわけではない。
別に俺だって腹は減っていない。
しかし、顔面にぶっかけられる、あるいは真琴が少しだけ齧って無駄にしてしまうよりは
調理して無理してでも食った方がマシに思えた。
毎晩の真琴のいたずらに、祐一が理由もわからず対応する。そんなちぐはぐの関係から少しでも歩み寄ろうと祐一は踏み込む。まず、触れ合おうとする。
それに真琴には、何より触れあいが大切だと思った。
そう。真琴が本当に欲しいものは……。
何を理由に俺を嫌っているかは知らなかったが、第一印象なんてものは得てしてその人柄を知って大きく変わっていくものだ。
そのいい機会でもある。
もっとも尊い行為が展開されている。
祐一「うまいか?」
真琴「うん…」
俯いたまま食べる真琴が口だけをもぐもぐと動かしていた。
祐一が自分なりに考えた行動の意味を真琴は理解していない。今は、それでいい。
祐一「おかわりあるからな」
真琴「…そんなに食べらんない」
それでいいのだ。
祐一「じゃあ、夜食なんて言い出すな。我慢できたんじゃないのか」
真琴「うーっ…焼きそばは大好きだから…ちょっとでも食べたくなるの」
ばつが悪そうにそう答える。
必死で言いつくろおうとする姿は見方によっては微笑ましくも見える。
真琴の取り繕う姿に祐一は親しみを覚える。人と人との本当に大切な関係というのは、微細なこうしたやりとりからできている。
祐一「じゃあ、肉まんを買い食いするのをやめて、焼きそばにすればいい」
祐一「あの辺りで、焼きそばのうまい店を見つけたんだ。持ち帰りもできるぞ」
真琴「肉まんは…もっと好きだから…」
さすがにここで好物の肉まんは譲れないらしい。
真琴はたしかにここにいる。ここにしかいない。真琴は確かに何もできないかもしれない。でも、ここにこの世で一人だけの真琴がいることが、尊いのだ。
祐一「そうか。なら、仕方ないな。焼きそばなら俺にも作れるから、いつだって言えよな」
真琴「うん…」
真琴「でも、これ食べたら、しばらくはいいと思うけど…」
よほどお腹が空いていなかったのか、進みも遅く、そんなことを答えた。
真琴にとって焼きそばを食べるという行為は、まったく必要なことではない。むしろ気分が悪くなりかねず、マイナスにみえるかもしれない。でもそれにもかかわらず、今の真琴に本当に必要なものがここにある。真琴のためにならないようにみえて、本当に必要なふれあいがここにある。人が人を思いやる気持ち、それに「ひとのぬくもり」。そんなものに、実利とは全く関係ない水準で助けられていく。
祐一「ま、作った分はふたりで食べないとな」
真琴「祐一も頑張ってよぅ」
祐一「ああ、食うぞ」
いつもとは違う、この祐一のやさしさ。
俺を箸を手に取り、目の前の焼きそばと対峙する。
真琴に言っておいてなんだが、俺も見るだけで胸焼けがしそうな量だった。
その不器用なやさしさのことを考えると僕は胸がいっぱいになる。
明日(?)につづく